自分の目で、見たいように見ていいんだ

元 北翔大学 山崎正明さん

30年以上の中学校教員時代を経て、北翔大学で幼児教育・初等教育に携わってきた山崎正明さん。日本のブログ黎明期より、インターネットを通じた美術教育の情報発信や、全国の教育関係者のネットワークづくりを行なってきた第一人者でもあります。早い時期から鑑賞教育にも積極的に取り組んできた山崎さんに、今回は「美術による学び研究会 in 北海道」(2022年10月開催)での対面を経て、後日Zoomでお話を聞きました。

聞き手・写真:蔵多優美/
テキスト:野口明生

インタビュー実施日:2022.10.26

記事公開日:2023.02.24

これはもう俺のためにあるような仕事だ! これはもう俺のために
あるような仕事だ!
これはもう俺のために
あるような仕事だ!

─── 山崎さんは最初から美術の教員を目指してられたんですか?

山崎:小学生の頃、好きなものは昆虫。それから絵を描くのは好きだったかな?まあ落ち着きのない子で、とにかくちょろちょろしててね。でも、どの担任も「好きなことを大事にやってっていいんだよ」と励ましてくれてた、それがすごく人生に影響を与えている気がします。中学生の頃は昆虫学者になりたくて、高校生になってから「美術もありかな」って思うようになって。美術といっても、プロダクトデザインのようなこともやってみたかった。ただ、国立大学じゃないと進学できないということがあったので、北海道教育大学の美術専攻に進学しました。当時は、教員になるつもりは無かったものの、一応教員免許を取るために中学校の教育実習に行ったら、「すごいぞ、これはもう俺のためにあるような仕事だ!」ってハマっちゃって。

─── 教育実習で人生観が変わったんですね。

山崎:変わりましたね。大学に戻ってきた時には「山崎どうした?」っていうぐらいの変わり方。人生の中でも衝撃的な出来事でした。こんなにやりがいがある仕事があるのかって。今でも印象に残ってるのは、教育実習先で担当してくれた角力山旭(すもやま・あきら)先生が「山崎くん、例えば風景の絵を描くのにさ、今日天気いいから絵でも描くかっていうのも美術だし、子どもたちに育てるべき力を踏まえながらどんな授業を構成するかなって考えるのも美術だよ」って[1]。そうか、って腑に落ちたんです。札幌の研究会では当時では珍しく、「育みたい力」ということを重視してたんですよ。

─── 「育みたい力」ですか?

山崎:つまり、どう描かせるかどう創らせるかということではなくて、今でいう資質・能力のことですね。角力山先生はその研究の中心メンバーでもあったんですよね。大学でそういう出会いもあって、教員採用試験を受けるんだけど、落ちまして。卒業後は、親戚のところで田植え稲刈りをやりつつ、臨時採用で受かればいいと思って、あっちこっち履歴書を送ってました。たまたま埼玉の教育委員会から連絡があって、そこで1年間講師をやったんですけども、時代の流れもあり校内暴力がすごい学校だった。卒業式の時に警察を入れるか入れないか、というレベルでしたね。授業中にお酒飲んだり、廊下に自転車やバイクがやってきたり、「タイマン張ろう」と生徒に取り囲まれたりとかね。大変でしたよ。

─── 昔のドラマで見たことがありますが、本当にそんな時代があったんですね。

山崎:でもそんな中でも、美術の時間に生徒が真剣になる姿があるんですよね。「すげえな」って思って、僕も応えようと頑張りましたね。でも当時は、徹夜で授業の導入を考えたりするんだけど全然ダメで。「頑張ればいいってものじゃないんだ」ということが身に沁みてわかる。こっちの情熱だけでも、方向性が違っていてもダメ。ぶつかり合いながらも自分なりの工夫をしながら授業をやってました。今も覚えてるのは「卒業したらお前んとこに絶対行くからな」と言ってきた3年生がいて、卒業式後、本当に職員室に来た。ドアをガラッと開けてきて僕の方に向かってくる。「うわ、本当に来た」と思って、ちょっと焦って身構えると、「先生、北海道に行くって本当か?」「行かないでいてほしいな。いてほしかったな」って言われて、もうそれですべて許せちゃったんですよね。単純ですよね。大変だったことも帳消しになってしまいました。

山崎さんにお会いするため「美術による学び研究会 in 北海道」に参加してきたよ(2022年10月9〜10日)。今回のインタビュー記事では、参加の様子も併せて写真でお伝えしていくよ!
  1. [1]山崎さんのブログ内で角力山先生とのエピソードが掲載されている。 https://yumemasa.exblog.jp/3356728/

ブログ元年、
インターネットから始まるネットワークづくり
ブログ元年、
インターネットから始まる
ネットワークづくり
ブログ元年、
インターネットから始まる
ネットワークづくり

─── その後、北海道で公立中学校の教員を長年やるうち、2004年にご自身が発信するブログ「美術と自然と教育と」を立ち上げますね。

山崎:僕がインターネットに触れた2000年頃は、美術の授業の時間数が減らされて、そのうちなくなるんじゃないかということが言われてました。美術の授業や準備をこれだけ頑張っても軽く扱われる、重要と思われていない、と感じていたし、「なんでまた時間数減らすんだ」「どうせ不要4教科だろ」というような愚痴を仲間内でもしていたんですよね。でもそのうち「これ、ちゃんと声を上げないと本当に美術の授業はなくなるんじゃないか?何かしなきゃダメじゃないか?」と思いはじめたんです。それがブログを立ち上げるきっかけでしたね。パソコンはWindowsが主流だったけど、難しいし使う気がしなかった。でもiMacが出始めて「あ、これ簡単だな」と思って使い始めてみたら、たまたま、当時Appleがテンプレートを使って無料で WEBサイトをつくれるサービスを提供していたんです。それを使って、2002年ぐらいからウェブサイトを作ってたのかな。

─── それはどんなウェブサイトだったんですか?

山崎:自分の授業実践を紹介していました。ウェブサイトを訪れた人から感想や情報提供のようなメールが来るようになって、知らない人からもどんどんと。その中で「山崎さんがやってることは、ブログが向いてるんじゃないか」って連絡があって、そこからブログを始めたんです。2003〜2004年頃って、ブログ元年と言われてる年じゃないかな。僕は、自分のやってることを発信しつつ、そこに訪れたみんなが連帯できるようになればいいなと思って続けています。

─── 本当に更新が途切れてないですよね。このブログが山崎さんのモチベーションでもあり、全国の人を繋ぐネットワークみたいなものでもあった。

山崎:当時は、SNSやFacebookが出る前で、こういった情報発信をする人なんてあまりいなかったから、ここに情報が集まってきたんですよ。僕もネットを検索する中で「これはいいな」とか「これは学べるよな」というものを見つけたら、とにかく紹介する。ブログを始めた頃に起こった中で今でも深く覚えてるのは、埼玉の先生が僕を講演で呼んでくれたことですね。ブログを通して連絡が来てね。それはもう嬉しかった、認められたんだと思って。僕自身の自信にもなりましたし、声をかけてくれたことで全国に一生懸命やってる人がいっぱいいるという喜びもあった。僕は、その頃までは新幹線にすら乗ったことなかったですからね(笑)。

─── なるほど。ブログがきっかけで活動が広がったということですよね。山崎さんの経歴には「中学校美術ネット」[2]という活動もありますよね。WEBサイトを拝見しました。

山崎:これは話さないわけにはいかないですね。

─── この活動も中学校教員だった時代に行われていたんですよね。

山崎:そうです。さっき話したような、美術の授業時間が減らされていくことへの危機感もあって、もっと全国の人たちと情報共有して強くなろうと考えました。それで中学校美術に特化したブログ「中学校美術」を新たに立ち上げたんですよね。そのブログは、僕自身の意見とかはあんまり書かずに、全国各地でやってる取り組みを紹介するだけの内容にしました。更新を続けて行くうちに、三重県の加藤浩司先生が連絡をくれたんです。「北海道に行く予定があるのでお会いできませんか?」って、三重から会いに来てくれたんですよ。会ってみたらすごい若い方で当時20代だったかな。いろいろ喋ってみると、彼はブログ「中学校美術」をもっと良くしたいと考えてくれていて、「じゃあ任せるよ」ってブログのデザインを任せることにしました。そのおかげで、今やってる「中学校美術ネット」ができました。
もう一人のキーパーソンが、滋賀県の梶岡創(かじおか・はじむ)先生。僕が滋賀の講演会に呼ばれた時にやりとりをしてくれた方で、滋賀の先生たちの役に立つように僕がどんな内容をやったらいいか、をいろいろと編集してくれました。彼と話して行く中で「やっぱりこのままじゃ美術教育はダメだ」となった。話していくうちに、「教科を存続させるための具体的な取り組みは、他に誰もやらないし、先生方の研究会をやろうか」となり、加藤さんを加えた3人で活動を始めたんです。意思伝達しつつ素早く動くなら、このぐらいの人数がいいだろうと。梶岡さんはファシリテーションが上手く論理的な思考も得意でしたし、加藤君は事務的なこともバッチリで冷静・俯瞰的に物事を見てくれる。僕は勢いでやってるような感じですかね。

─── なるほど。「人のつながりと勢い」、大事なことですね。

山崎:本当にそうです。それで「中学校美術ネット」の活動を通して、全国各地を周りながら開催する研究会「中学校美術Q&A」がはじまったわけです。Q&Aっていうのは梶岡君のアイデアなんですけど、Quality & Actionのことですね。Qはやっぱりまず俺たちがいい授業しなきゃダメでしょというって話で、授業の質、クオリティのこと。そしてAは、美術教育の価値を高めるためには口で言ってるだけじゃダメでしょという話で、具体的なアクションのこと。研究会は1〜2日間開催するんだけど、参加した先生方にこの時間で感じたことをもとに「自分は何をするか考えてください」と投げかけ、対話をしました。最後に「アクション宣言」をするように参加者へ促します。こういったワークショップを全部考えてくれたのは加藤君ですね。2012〜2015年の間、北海道、大阪、岡山、岩手、金沢、東京、北海道、埼玉、秋田、三重、神奈川、兵庫、宮城、島根、大分、大阪、北海道、静岡…ほらこれだけやったんですよ。

─── この期間は、中学校の先生をしながら、加藤さんと梶岡さんと一緒にやってたんですよね?

山崎:そう、すごかったんですよ。岡山の駅に着いたらすぐ喫茶店に入って、パソコン開いてプレゼン作って、慌てて会場行って、終わったらギリギリ飛行機に乗って…そんなことばっかり。月曜日から授業がありますからね。今なら絶対観光してますけど(笑)。
でも、この活動は面白かったですよ。全国にこんな素晴らしい人がいっぱいいるんだな、というのが見えてきたので。

─── とても活動的な中学校教員時代ですが、振り返ってどうですか?

山崎:大学教員になる直前の頃は、美術の授業での生徒の姿がとにかく素敵で「俺、これで給料もらっていいのかな」と思ってました。こんなに楽しくていいのかな、って。

─── 最高じゃないですか。

山崎:特に3年生の授業やってる時は、担当していた生徒たちがすごくて、授業の手応えもすごく良かったんです。僕は、「対話による鑑賞」[3]を授業でやっていたので、それも、面白さを加速させました。注目してくれる人たちも多かった。その頃は「対話型鑑賞」を中学校教師でやっている人は、あまりいなかったと思います。

─── ちなみにそれは、いつ頃のことになるんですか?

山崎:2000年後半頃になるかな。2008年に「美術による学び研究会」[4]が設立されたんです。「美術による学び」について研究・実践をしていくという方向性をはっきりと持った、研究会の誕生です。そこに参加したのをきっかけに、「対話による鑑賞」に取り組む決意をしましたね。2012年には光村図書の広報誌で鑑賞授業を取り上げてもらったりしました。そこから光村図書で発行する中学校美術教科書の編集に関わったり[5]。僕の活動やいろんな情報を見て、「対話による鑑賞」に取り組む人が増えてきて、「やったよ」とか声を聞いて、嬉しいなと思ってた時期ですね。

美術による学び研究会 in 北海道」でのポリチューブを使ったワークショップの様子だよ。会場には、幼稚園・小学校・中学校・高校・高等専門学校・大学・教育番組制作・社会教育・免許外美術担任・アート・コミュニケーター・作家など、実にさまざまな方々が集まり、多様な視点からこれからの教育を考える2日間になったよ。
  1. [2]全国の美術教育情報の共有を通して、子どもたちのよりよい学びを広げることを目指して運営されるWEBサイト。 http://jhsart.net/
  2. [3]全国各地の学校や美術館で行われる美術鑑賞の授業の形として、先生や学芸員の解説を一方的に聞くのではなく、生徒自身が主体的に発言をし、対話をしながら美術作品に対する見方や価値意識を深めていく手法。光村図書の中学校美術の教科書において、指導法や解説が公開されている。 https://www.mitsumura-tosho.co.jp/kyokasho/c_bijutsu/taiwa/index.html
  3. [4]美術による学びは美術の専門家だけが考えるものではなく、美術や文化を通しての思考と対話に関わる教育学、美術、倫理学、哲学、心理学、社会学などの幅広い分野からの人々が集い、幼児から大人の、現在から将来の美術による学びのあり方を議論できる場となることを目指して設立された会。 https://www.art.gr.jp/
  4. [5]編集委員の活動を通して、2016〜2018年に「山崎先生の授業アイデア」というweb magazineが公開されている。 https://www.mitsumura-tosho.co.jp/webmaga/bijutsu_idea/detail00.html
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美術教育を狭い範囲で考えちゃダメでしょ 美術教育を狭い範囲で
考えちゃダメでしょ
美術教育を狭い範囲で
考えちゃダメでしょ

—— 中学校の先生を経て、2014年から北翔大学に移られる。どういった流れがあったんですか?

山崎:そうですね、大学から「美術をやれる人はいっぱいいるんだけど、僕らは美術教育をやれる人を探してる」って話をいただいたんです。その話がなければ本当は、北海道の離島で教育をやろうって思ってました。夢があったんですよね。自分の理想の教育を少ない人数で、とことん追求する、というのをやってみたかった。島から出たい人はいるし、あえて行きたがる人はいないから、利尻島に希望を出したらいけるんじゃないかなって。
でも大学教員を選んだのは、幼児教育学科だったから、ということが大きいですね。中学校の教員をやっていた頃、研究会の中で幼児教育と小学校を担当していた時期があって、中学校の美術の勉強というより、幼稚園と小学校の視察にたくさん行って、幼児教育について2〜3年ひたすら学んでいました。当時は、やっぱり幼児教育から衝撃を受けましたし、そこから幼児教育をずっとやってみたいという思いがあったんですね。大学では、幼児教育と合わせて、小学校教員のための授業などを担当していました。それと大学では、「外部とつながる」ということがミッションの一つなんですが、その中でも札幌文化芸術交流センター SCARTS(スカーツ)[6]から声がかかったことは一つの大きな出来事でした。当時僕も素晴らしいと思っていた「とびらプロジェクト」[7]という東京でアート・コミュニケーターを育成してる活動があって、全国2例目で札幌でやることになったんです。プロジェクトの中心をやっていた伊藤達也[8]さんが東京から来て全面的に支援してくれるという心強い状況なんですが、SCARTSさんから「山崎先生に、鑑賞の部分について担当していただけませんか」という声がかかって。偶然かもしれないですが、大学教員になったからこそ実践出来たことでしたね。

美術による学び研究会 in 北海道」2日目に訪れた大地太陽幼稚園(北海道北広島市)での山崎さんだよ。

—— 大学や外部での対話による鑑賞の実践はどうでしたか?

山崎:北翔大学の同僚に、先生でありアーティストでもある林亨(はやし・とおる)[9]さんという方がいて、「美術と市民がもっとつながるようなことをしなきゃダメだろう」と、作家たちで集まって長年活動をされているんです。例えば、自分たちが描いた絵を貸し出して家や企業に飾ってもらったり、美術はもっと身近で素敵なものだよ、ということを市民に理解してもらうような活動。そういう意味では、蔵多さんが話されてることと近いんじゃないかな。

—— 自分と近しい考えの方が、鳥取から遠く離れた北海道にもおられて嬉しいです。

山崎:そんな林さんが、僕が「対話による鑑賞」を中学校の授業でやってたというのを聞いて、彼らのグループ展の中で「一緒に鑑賞ワークショップやりましょうよ」と声をかけてくれたんです。僕がファシリテーターをやって、市民を招待して子どもから大人まで集まって。「こんな鑑賞方法があるのか」とみんなびっくりしながらも、作品についてガンガン喋るわけですよ。時には小学生が林先生の作品について話したりね。気をつけたのは、最後に作家さんの前で対話するわけだけども、種明かしみたいなことではなく、作家さんが鑑賞した人たちのことを聞いてどう思ったかっていうのをちょっと話すようにしました。「自分の絵がこういう見方をされるんだ」「新たな気づきがあった」とか、作家たちはすごく喜んでくれましたね。やっぱり、市民と美術作品をつなげるのにも「対話による鑑賞」はすごく有効だなと。僕は、今まで小・中学生の教育として考えて実践していたんですが、市民に対してもいける考えであり、実践なんだと感じました。

—— おぉ、私も作家さんと一緒に行う対話型鑑賞では同じやり方をしています。山崎さんがすでに行っているので、安心しました(笑)。

山崎:そうなんですね。ちなみに、このワークショップが終わった後に印象的なことがあったんです。参加してくれた親子が北海道立近代美術館[10]で作品を見てきて、「作品を見るときにキャプションを見ないようにして見てきました、すごい面白かった」と後日伝えてくれたんです。ワークショップを通して、2段階の面白さが伝わったように思いました。まず最初にキャプション無しで見ることの面白さ、つまり自分なりに見ること。そして、その上でキャプションを見て、また面白く感じること。そこには、「対話による鑑賞」がやっぱりあるんです。ちなみに「対話型鑑賞」というのは大きな概念で、その中の狭い部分を敢えて「対話による鑑賞」と言い方をしますが正確には「対話による意味生成的な美術鑑賞」[11]と言うんです。でも、そのネーミングで使ってる人は、今やほとんどいない。長すぎてあまり普及しなかったんですよね。

—— なるほど。

山崎:今は「対話による意味生成的な美術鑑賞」をベタにやってほしいなって思っています。要するに、先生なりにいろいろなアレンジをするのではなくて、見る人に意見を求めながらちゃんとファシリテーションして、最終的に意味や価値ができるような方法ということです。それって見る人たちが「多様な価値があることは面白い」って認識するんですよ。「ああ、そんな見方やそんな感じ方もあるんだ」って。これを小学校から実践していくと、めちゃくちゃ良いと思うんです。「みんな仲良くしなさい」とか「いろんな考え方を認めましょうね」じゃなくて、「いろんな考え方って面白いな」と自発的に思う。言われて思うんじゃなくて。それは道徳の授業でも同じですよね。自発的だ、ということはすごく大事。だから本当は、入学した当初にこういう授業をしてほしいなと思います。

美術による学び研究会 in 北海道」2日目に訪れた大地太陽幼稚園(北海道北広島市)での山崎さんと園長の中山さん(左)だよ。山崎さんは自宅が幼稚園と近いこともあり、中山さんと意見交換をしながら、幼稚園での取り組みを研究実践しているそうだよ。

—— 先日の「美術による学び研究会 in 北海道」をきっかけに、山崎さんとメールでやりとりさせていただく中で、「美術の先生以外でも面白い活動をしてる人がいるからそこに注目した方がいい」という返信をいただきました。美術教育は美術が専門の方が考えていると思っていたので、「美術以外」という考えが面白いなと思ったんです。今回、お話を伺う中で、山崎さんのこれまでの活動は、美術以外の他教科への関わりだったり、中学校美術Q&Aなど様々な地方の方との関わり、SCARTSとの活動など、美術の教育外での学びを大切にされてきたんだなと、改めて感じています。

山崎:よくぞ言ってくれました。僕は、美術教育を狭い範囲で考えちゃダメでしょ、って思うんです。これは美術という教科だけの話ではなく、理科でも社会でも数学でもそうだと。教科の枠組みにとらわれず、未来を見据えていろんな人たちで考えていくっていう、それがやっぱり大事かな。例えば、まあ変な言い方ですけど、中学校の美術の時間に面相筆を使って「まずは、はみ出ないように丁寧に塗りましょうね」「これが基本的な技術ですよ」とか…それをやるのがダメでは無いのだけど、未来を見た時に子どもや世界が幸せになるためにもっとやるべきことはあるんじゃないか、ということですよ。学校だけで考えるのではなく、社会とつながることで見えてくることがやっぱりある。運命共同体ですよね。新聞ひとつとってもスポーツ欄に比べて美術なんて少ない、そういうことにも象徴されてる。だから、もっと美術という領域が元気な方がいいなって思います。

  1. [6]複合施設・札幌市民交流プラザの一つとして、2018年に開館。市民の文化芸術活動をサポートし、札幌の文化芸術を支え、育てていく場である。 https://www.sapporo-community-plaza.jp/
  2. [7]東京都美術館と東京藝術大学と市民が連携し、アートを介してコミュニティを育むソーシャルデザインプロジェクト。広く一般から集まったアート・コミュニケータ「とびラー」と、学芸員や大学の教員、そして第一線で活躍中の専門家がともに美術館を拠点に、そこにある文化資源を活かしながら、人と作品、人と人、人と場所をつなぐ活動を展開している。 https://tobira-project.info/
  3. [8]東京都美術館×東京藝術大学「とびらプロジェクト」や上野公園にある9つのミュージアムを連携させた「Museum Start あいうえの」、福島県の文化復興支援事業「森のはこ舟アートプロジェクト」など、いろいろなアートプロジェクトの運営を担っている。2021年4月より東京藝術大学 社会連携センター 特任准教授。
  4. [9]北翔大学教育文化学部芸術学科教授。専門は、絵画、美術教育。絵画の領域で発表活動を行い、その中で現代アートと社会の連携・連動についての実験的試みを展開している。
  5. [10]地域性と国際性を併せ持つ総合的近代美術館の構想のもとに、1977年7月、北海道札幌市の中心部に開館。「地域に開かれ、地域の美術文化を拓く」ことを基本理念に掲げて、北海道の文化拠点として収集・保管、展示、教育普及、調査研究、地域文化の振興などの活動を展開している。 https://artmuseum.pref.hokkaido.lg.jp/knb/
  6. [11]2006〜2008年に教育学者・上野 行一らが中心となり研究開発を行い、理論および方法論を構築した手法。研究成果は、『対話による鑑賞教育-美術・図工教師のための実践ガイドブック』(光村図書)および『モナリザは怒っている!?』(淡交社)にまとめられている。研究報告:https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-18330194/

「対話による鑑賞」をやれば、
世界は平和になる
「対話による鑑賞」をやれば、
世界は平和になる
「対話による鑑賞」
をやれば、
世界は平和になる

—— 今回のテーマが鑑賞教育なのですが、例えば現代美術のように今までなかった表現を見るときの鑑賞について、考えがあればお聞きしたいです。

山崎:コンセプト重視の芸術作品、例えばマルセル・デュシャン[12]の作品を鑑賞する時には多分おかしなことになっていくと思うんですね。でもまずは自分の目で見て、自分の中で話し合ってみる。それでも「わかんない」「不思議だな」となったら、今はもう検索して調べればいいかなって思ってます。例えば、現代美術の作品をSCARTSのアート・コミュニケーターが市民と一緒に鑑賞する会に先日行ったんですよ。すると、鑑賞会の中ですごく深く見るんですよね。本当に抽象的なものを見ながら何か核心本心に迫るようなドキッとするようなものがあったりする。こういうことが起こるのが、やっぱり良い作品ということなのかな?作品の持ってる力を信じる、そのことがすごく大事。僕も「対話による鑑賞」を通じて、美術館に行く時の自分も変わりましたね。

美術による学び研究会 in 北海道」2日目に訪れた札幌芸術の森美術館で開催されていた「北海道の建築展2022」で野外展示作品・山田良《Infinite Landscape/水・光》だよ。

—— 具体的にはどう変わったんですか?

山崎:まずキャプションを見るのは後にしました。しかも興味のあるやつだけ先に見る。入場する前にビデオ解説がある時は、できるだけ見ないように気をつけて。まず自分なりに見て楽しむ、を大切にね。ここに友達がいればさらに楽しいですね。そして、最後にキャプションを見て「なるほどな、そういうことか」と自分の見方と比べながら楽しむ。美術館ではそれまでと違って自分の頭や心を使って作品に主体的に関わるようになりました。鑑賞が以前よりすごく面白くなりました。

—— ちなみに、現在は非常勤講師で大学生と関わっていたり、SCARTSのアート・コミュニケーターの皆さんと関わっているかと思うんですけど、幼児から大人まで幅広い市民に関わることで思うことはありますか?

山崎:授業を担当している大学生には、やっぱり教師として早く「子どもの持っている力を知る」というかな?子どもの力をどう引き出すかということを大事にしてほしいと思ってますね。そういう仕事としての厳しさもちゃんとわかってほしい。それは、広く市民が相手の時も同じ考えなんですけどね。市民が主体的に美術を楽しむ、美術に親しむ。心豊かに生きていくことにつながるように、それを大事にしてますね。先日、SCARTSで講演をしたんですけど、その時に話したのは、「対話による鑑賞をやってると、究極の話、世界が平和になる」っていうものです。

—— 世界平和!

山崎:うん。だって言葉を超えて一つの作品を見て、対話することで共感したり、または感じ方や考え方の違いを知る。多様な価値を面白がれるようになる。認めるっていうよりも面白い。いろんな価値があるから面白い。それがないと、まあ平和にはならない。

—— 何事も楽しまないと、ってことですね。

山崎:楽しむということや多様な価値があることの面白さを知るという意味では、中学校3年生の美術は最後、卒業制作に取り組んだらいいなと思うんですよ。

—— いわゆる美術系高校や大学などでやるようなことですよね。それを中学生の段階で。

山崎:「自分の存在証明」っていうことで、12〜13時間くらいかけて、表現方法は自分で決めて「今この世に自分が生きてる」っていうことを作品を通して証明しましょうと。そして、そう言った時に喜々として取り組むような生徒を育てましょうよと思うんです。だから義務教育の最後に「いやー、美術面白かった。すごく良かった」って思って卒業してもらう。それがミッションかな。よく、卒業記念の作品づくりもあったりするけど、自分と向き合い表現する時間やその作品をみる鑑賞の時間があっていいように思う。作品を見てもらうことで、ちゃんと社会とつなげていく、ということにもなります。

  1. [12]「泉(1917)」という作品を発表し、美術界に衝撃を与えたフランス人芸術家(1887〜1968)。「20世紀美術に最も影響を与えた芸術家の一人」とも言われる。

自分の目で、見たいように見ていいんだ 自分の目で、
見たいように見ていいんだ
自分の目で、
見たいように見ていいんだ

—— なるほど、ありがとうございます。今後必要とされる鑑賞教育ひいては美術教育について、こうあってほしい、というお考えがあったら最後にお聞かせいただきたいです。

山崎:すごくシンプルに言えば、美術教育は「対話的に」とか「主体的に」とか言われてますけど、「対話を通して学びを豊かにしていくよさを実感的に理解する」ことが大事です。それに「自発的に主体的である」ということもすごく大事になると思います。例えば、先生から教えられてやるんじゃなくて、「自分はこうしたい」というのがどんどん出てくるような授業を目指すべきだと思います。

—— 今回のインタビュープロジェクトの背景として、美術館のコレクションだけでなく、身近に美術やアート作品が今後確実に増えてくると考えているんですね。YouTubeとかTikTokとか、今やパソコンひとつあれば誰でもクリエイターになれる時代だと捉えているのですが、それを受け取る鑑賞者は本当に育ってるか、というとそこはまだ微妙じゃないかとも思うんですよね。

山崎:なるほど、そうですね。

—— その一方で、学習指導要領でも「鑑賞に取り組みましょう」と言われる中で、じゃあこれをもう一段階上に上げるためには今後の鑑賞のあり方をどのようにお考えですか。

山崎:今回のインタビューで何度も言ってる通りですけど、やはり「対話による鑑賞」をしながら、自分なりに見る、そして他の人と一緒に見て、見方や感じ方を広げ、深める体験を重ねるということですね。もっと簡単に言うと、「自分の目でまずは見たいように見ていいんだ」ということ。僕が教師になりたての頃、高校の時の友達に「結局、抽象とかあれ意味わかんねえよな」みたいに言われたのをずっと覚えています。「抽象?ちょっといいわ。わかんないし」という壁を突破したいと思ってやってきました。そのことについては、自分の関わる範囲では手応えを感じてきました。でも、その努力はこれからもやっぱり必要かなと思いますね。そういえばこの前、利尻島の先生が来てくれて、島での実践について話してくれたんですよ。その先生が島に赴任した時、前任者から「ここでは美術に対する関心は薄いよ」というようなことを言われたんだそうです。それでもここで何かができるかと調べたら、近くにいろんな絵や作品がある場所がちゃんとあって、生徒たちを連れて行って鑑賞の授業を試みたそうなんです。授業の後、子どもたちが今まで目もくれず素通りしていた、近くの公共スペースにあった作品などに反応するようになった。授業をやることでいろんなものが見えないものが見えてきた、ということを話してくれました。これはもう、明らかに授業をやったことによる効果ですよね。そういった取り組みをしてくれてよかったなと思います。
北海道の都市部だけなく、島にも、蔵多さんの住んでいる鳥取にも、地方って美術作品がいっぱいあるんですよ。なので、とりあえず中学校で一度はそういう授業に取り組んだらいいんじゃないかと思います。まずは見るってこと。で、作品に力があれば、それは子どもたちを捉えると思うんですよね。

山崎さん、ありがとうございました◎
美術教育を狭い範囲で考えちゃダメでしょ

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